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プロフィール

アガサ

Author:アガサ
研究職をしながら悪戦苦闘している私がひっそりと日常を語ります。
好き: 納豆卵かけご飯
好き: 紅茶
血液型: A
続柄: 長女
性格: クール&キュート
趣味: 読書
好み: 山田君的な?


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英語の先生は何かと鋭く、世界のいろいろなニュースを知っています。
どちらかと言うと英語の勉強というよりは、ニュースの情報が飛び交っていて面白いです。
ま、読まされる英語の量は半端ないですけどね 笑)

それで今日、耐震住宅の話題になりました。今、騒がれてますよね~。
しかし先生の興味はもっぱら、姉○氏のことではなく、これからの耐震住宅とはどうあるべきか!だったんです。


私も昨日の夜思いついたんだけど、吊り下げ方住居
今の住居は地震が起こると、土台がくずれて潰れたりするでしょ。だから、粘性のある弓なりの鉄骨を立てて、すごい丈夫な鉄骨ですよ?それに、住居をぶら下げるんです。
だから風が吹いたり地震が起こると、揺れますね。でもこれでいいんです。無理に揺れを止めようとしないから、土台から崩れることもない。


そう話す先生の言葉は聞き取りにくいながらも、いつになく熱弁です。
英語の話しすぎで日本語が喋りにくいのかも。

私は絶対こうしたほうがいいと思いますね。
実際、ちらほらとそういう噂を聞く。


しかし、この先生の意見を聞いた私達は若干、唖然としました。
津波のときに、波が引くような静けさ・・・w
私も頭の中がいろいろな考えで埋め尽くされて、あり得るかもしれないと思ったり、不可かもしれないと思ったり。


え、危なくね?

と最初に口を開いたのは、多分うちの学部でも優秀な部類に入るであろうS君w
彼なりにちゃんと、考えた結論なんだろうなと思ったら、なんか吹き出しそうでした。でも、なんでみんなこういう時笑わないんだろうな・・

だって、揺れるんでしょ?
その言い方から、多分S君の頭の中では弓なりの鉄骨にぶら下がった家が、物凄く揺れてる家が想像されてるんだろうんあ・・・爆笑)


多分、落ちると思うんだけど。

いや、鉄骨は丈夫なんですよ。家を支えられるくらいとっても丈夫。落ちないくらい丈夫。

・・・・・。いや、危ないと思う。

話し合いはここで終わりましたが、私にしたら、ある程度揺れることは問題じゃないw
S君が言うように、揺れすぎることが問題なら、吊り下げている部分に揺れを制御できるバネ性の装置をつければ良い。
鉄骨の強度についても、石橋を考えたときのように、均整のとれた鉄骨を弓なりにいろいろな方向から何本も通すことで、最大限強度を高められると思うし。
仮に地震で地面が崩壊し、鉄骨が何本か倒れることがあっても、ほかの鉄骨でなんとか住宅を支えられるようにw
粘性のある鉄骨なら不可能じゃないかもな、と考えるわけです。

問題は、コストどれくらいかかるんだろうwってことと
出入り口はどこにつければいいんだろう?ってこと。

空飛ぶ車でも出来ないかぎり、または、自家用ヘリがもっと普及しないかぎり・・・
なんちゃってね。

これは余談ですが、私は空飛ぶ車にも自家用ヘリの普及にも反対です。
二次元の世界でもこんなに交通事故が起こっている。その理由に上げられる『不注意』と『見えなかった』

見えなかったぁーーー!??

ふざけんじゃねーーーーp!!
!


って感じです。3次元になったらもっと事故が増えそうだもん。いやだ。それこそ、

危ないよ 笑)

テーマ : 雑記 - ジャンル : 日記

顔は笑っていても、心の中で悪態ばかりついています。

クソッタレ!!
バカじゃないの・・?
最低。
この人、アホなんだろうなぁ。


口に出さないだけまだイイにしても、心がすさんでますね。
きれいにしないと。

たまに、人間という人間、全てが嫌いになります。信用ならない。
そうかと思うと次の日には、すべての人の幸福を願ったりします。本当に。
そして、ちょっぴり切ない悲しい気持ちになるんですよね・・・別に鬱じゃないですよ。


今日、学校帰り、音楽を聴きながら何も考えずに札幌の地下を歩いていました。
そしたらふと、人けのないベンチに大きな荷物をもった、ホームレスらしきおじさんが座っていて。
何か、買ってきたばかりの小さな食べ物にかぶりついているのを見ました。

パッとみ、そのおじさんが幸せそうじゃないのが、悲しくなってしまって。

ほら、ホームレスでも堂々と生きてる感じの人がいるじゃないですか。
その人がそういう生き方を選んで、または、そういう境遇に置かれていても、なんか元気に生きてるなら、私の心は満足するんです。
あるいは、根性がひんまがって、何もかもを人のせいにするようなマイナス思考のホームレスさんでも、まだ私の心は耐えられます。

でも今日見たおじさんは、そのどっちでもない感じがしました。
悲しくて怯えた感じで、誰を恨むでもなく、何を喜ぶでもなく、ただ何かを必死に食べていた。

ああ神様、どうか、どうか・・・

って、思わず心の中で祈りましたョ。
不意をつかれて、涙が出そうになりました。いつもそうなんですけど、私はホームレスの方を見かけても何もできません。お金もないし、話しかけていいのかどうかも分からない。

そしたら突然に、こんな考えが頭に浮かびました。どうして、私が悲しむんだろう?って。
あのおじさんはホームレスかもしれないけれど、今は何かを食べてる。怯えた感じだけど、きっと、食べ物は美味しいだろうなって。見方を変えれば、幸福なことなんじゃないかな。
だからつまり、その彼の生命の営みを、せめて私が喜んであげてもいいんじゃないかって、思ったのです。

人の心に不安や悲しみをもたらす人ではなく、人の心に喜びをもたらす人にしてあげたい。人を喜ばせることのできる人は、何より素敵だもの。
私が喜べば、ホームレスのおじさんはそういう人になるはずだなって。
少なくとも神様と私の前では、彼は私の喜びになるw

私があなたを喜ぶから、あなたは私を喜ばせる人になったと。
そうやって、自分の心に決着をつけました。だからもう、あのホームレスのおじさんは、私の目には不幸なんかじゃない。

帰り道、ぼんやりと考えました。自分のためにだけ生きる人間には、絶対にならない。誰かのために、何かができる私になろうって。
かじかんだ心が、解けていくような感じです。
全ての人が幸せに暮らせる日がやってきますように。
誰も悲しむことのない夜がやってきますように・・・。

テーマ : 今日の出来事 - ジャンル : 日記

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